大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1666号 判決 1972年3月30日
主文
原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。
被控訴人の各請求を棄却する。
本件附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との、附帯控訴につき「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との、附帯控訴として、「原判決中附帯控訴人(被控訴人)敗訴部分を取消す。附帯被控訴人等(控訴人等)は附帯控訴人(被控訴人)に対し各自一六六万九、三〇〇円及び内金一一六万九、三〇〇円に対しては昭和四二年三月二八日以降、内金五〇万円に対しては同四六年三月一八日以降各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は附帯被控訴人等(控訴人等)の負担とする。」との各判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠関係は以下に附加するほか原判決事実摘示記載と同一であるから之を引用する。
(控訴人等の主張)
一 控訴人国忠の責任について。
(一) 控訴人国忠はその所有する原動機付自転車を被用者でない訴外前堀が擅に私用で使用したもので、仮りにその運行が控訴人国雄の業務のための運行であつたとしても、控訴人国忠とは関係がなく、第三者による無断運転にほかならないから、控訴人国忠には運行供用者の責任はない。
(二) 仮りに控訴人の国忠が運行供用者であるとしても、
(1) 本件事故現場道路の交叉の角度は三〇度位しかない。前堀は第二種原動機付自転車(乙車)を運転して進行方向より三〇度位右前方に進行することにより右側道路に入ろうとしていたに過ぎない。右折又は左折とは四五度以上の角度で右又は左に折れることを指称するもので、前堀はあたかも前方が二股になつている道路に進出したものと同然であつて、交差点において右折するに際し予め道路の中央寄りに移行すべき注意義務はなく、右注意義務の存在を前提とする控訴人国忠に対する請求は失当である。
(2) 仮りに本件事故現場が右折すべき場合、予め道路の中央寄りに移行すべき注意義務がある交差点としても、
(イ) 事故現場手前の横断歩道の約三〇米南方で本件道路は東に曲つているため、前堀は右折に際し後方を注視したが、舟橋孝郎の運転する普通貨物自動車(甲車)は視界になかつた。しかるに舟橋は制限速度を超える時速六〇粁の高速度で進行して来たため、乙車を認め急制動の措置をとつたが、乙車と接触し、更に乳母車に、次で被控訴人の自転車に次々と衝突したのであり、前堀が予め道路中央寄りに移行すべき注意義務を守つていたとしても制動は不可能であり本件事故を回避できなかつたものと考えられ、原審で主張した通り前堀には甲車の無謀運転を予測して迄、之に対処して運転すべき注意義務はない。
(ロ) 而も第二事故である乳母車と甲車との衝突は、甲車が乙車と接触した結果生じたことは認められるが、第三事故である甲車が被控訴人の自転車と衝突した事故は、乳母車の存在とその物理的抵抗力により甲車の進行角度が変つたため惹起されたものであつて、乙車との接触と直接関係なく、前堀の乙車運転と本件事故とは相当因果関係はない。
いずれにしても控訴人国忠は自賠法第三条による責任はない。
二 控訴人国雄の責任について。
前堀は蛇の目ミシンのセールスマンを兼務していたのであるから、控訴人国雄は前堀を全面的に勤務時間中拘束していたものでなく、蛇の目ミシンの仕事があればその仕事をし、控訴人国雄の仕事があればその仕事をしていたもので、通常の雇傭関係のように対人的支配はない。まして本件事故は午後〇時七分頃の休憩時間中の事故であつて、勤務時間外の事故であり、控訴人国雄に使用者責任はない。
三 過失相殺の主張。
仮りに控訴人等に損害賠償責任があつたとしても、本件事故は甲車が乙車に、次で乳母車に、更に被控訴人の自転車に次々と衝突した事故であり、本件事故と甲車乙車との衝突との間には時間的余裕があつたのであるから、被控訴人が前方注意義務を守つておれば、操作の簡単な自転車のことであるから容易に衝突を避けることができたにも拘らず、前方注視を怠つたため本件事故を惹起した。右の被控訴人の過失は損害額算定に参酌さるべきである。
(被控訴人の主張)
一 (一) 被控訴人は本件事故当時六四才で昭和四二年簡易生命表によると、余命年数は一三、一四年であるから、少くとも一二年間は稼動可能で、その逸失利益は年収三五万円としてホフマン式計算により事故当時の現価を求めると原審請求の通り三、二二五、二〇〇円であるから原審認定の二〇五万五、九〇〇円との差額一一六万九、三〇〇円
(二) 控訴人等は第一審判決に対し控訴を提起したので被控訴人は已むなく昭和四五年四月二日頃大阪弁護士会所属弁護士中島三郎に右控訴事件の訴訟追行を委任し、その際同弁護士会報酬規定に基き成功額の一の訴訟追行を委任し、その除同弁護士会報酬規定に基き成功額の一割五分の報酬を支払う旨報酬契約を結んだが、右弁護士費用は控訴人等の不当抗争に帰因するものであるから、本件事故と相当因果関係があり、弁護士費用として五〇万円、
を控訴人等は支払う義務がある。
仍て附帯控訴を以て右合計一六六万九、三〇〇円及び内金一一六万九、三〇〇円については事故発生の日の翌日である昭和四二年三月二八日以降、内金五〇万円については、附帯控訴状送達の日の翌日である同四六年三月一八日以降、各完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 (一) 控訴人国忠は当審において、同控訴人は本件事故車の運行供用者でないと主張するが、同控訴人は原審で運行供用者であることを自白しているのであるから(同控訴人の原審での主張は運行供用者であることを認めた上自賠法第三条但し書の免責を主張している。)之に反する主張は許されない。
(二) のみならず、訴外前堀は控訴人国忠の兄である控訴人国雄の被用者であり、控訴人国雄は菓子卸商、控訴人国忠は菓子小売商を営んでいるが、本件事故当時控訴人国忠は控訴人国雄の菓子製造の手伝に通い、本件乙車を控訴人国雄方車庫に保管し、控訴人国雄の被用者は何時でも之を使用できる状況にあり、訴外前堀は乙車を控訴人国雄の所有と信じ之に乗つていたこと、又控訴人国雄自身も前堀に乙車の運転を命じたことが数回あつたことに徴しても、乙車の運行支配、運行利益は控訴人国忠に帰属していることは否定できない。
三 控訴人等は訴外前堀に過失がないと主張しその根拠を信頼の原則に求めるが、本件にあつては前堀は右折の合図もしないままで、本件交叉点直前で突如道路左端から右折を開始したのであるから、後続車は先行車は右折しないものと考え、追越をはかつたり又先行車の突然の右折に対応して右に転把したりして、道路右側に進出することは容易に予想できることであり信頼の原則の適用はない。
又控訴人等は前堀の運転は交叉点における右折に該らないと主張するが、本件道路の交叉角度が約三〇度としても交差点とは二以上の道路の交る部分を云うのであつて、その交叉する角度如何を問わないからその主張は理由がない。
(証拠関係)〔略〕
理由
一 被控訴人主張の交通傷害事故が発生したこと、被控訴人国忠が乙車の所有者であること、控訴人国雄が訴外前堀の使用者であり菓子類卸商を営んでいることは当事者間に争がない。
二 (一) 控訴人国忠は当審において乙車の運行は第三者である訴外前堀の無断運転によるもので同控訴人に運行供用者責任はないと主張し、被控訴人は、右主張は自白の撤回にあたる旨主張するから判断すると、控訴人等の原審における答弁書並びに昭和四三年一月三〇日付準備書面によれば、控訴人国忠の答弁とするところは、同控訴人は乙車の保有者であることは認めるが、訴外前堀が偶々私用のため乙車を運転したと主張している趣旨と認められるから、それは運行供用者であることを認めた趣旨でなく(原判決事実摘示において控訴人国忠が右乙車を運行の用に供した事実を認めた如く記載されているのは誤りである。)、当審における控訴人国忠の右主張は自白の撤回には該らない。
(二) そこで控訴人国忠が乙車を運行の用に供したものであるか、控訴人国雄の被用者である前堀が同控訴人の事業の執行にあたり乙車を使用したものであるか、この点についての控訴人国雄の原審での自白の撤回が真実に反し錯誤に出たものかどうかについて判断する。
〔証拠略〕によると、控訴人国忠は菓子小売商を経営しているが、その営業は専ら妻にまかせ、自らは兄の控訴人国雄経営の菓子卸商を手伝うため、控訴人国雄方に通勤していたが、乙車はその通勤用に使用していたもので、控訴人国雄方で働いている間は乙車を控訴人国雄方ガレージに置くのを常としたこと、前堀は控訴人国雄方では主としてダツトサントラツクの助手として菓子運搬に従事していたが、前堀が単車の運転許可証を有すると云つていたところから、控訴人国雄は二、三回位乙車を使用させ前堀に荷物を運搬させたことがあり、時には前堀をして乙車を使用させて雑用に赴かせ或は乙車で自己を駅迄送らせたこともあつたこと、右のような前堀の使用について控訴人国忠は異議を述べたようなことがなかつたことが認められる。右認定の事実からすると、証人前堀が原審で弁疎するように仮りに前堀が本件の場合昼食時乙車を私用のため無断で一時使用したものであるとしても、前記の通り乙車の所有者である控訴人国忠が兄の控訴人国雄の事業に協力し同人方で働いている間控訴人国雄の指示のもとに、控訴人国雄の被用者である前堀が運転することを黙認していたものと認められ、このような関係にあるときは、之を客観的、外形的に観察すれば社会通念上、控訴人国忠は乙車の運行に支配を及ぼすべき立場にあつたものと云うことができるし、又外形的に云つて本件事故当時前堀は控訴人国雄の事業の執行にあたつていたと解するのが相当である。従つて控訴人国雄の自白の撤回は認めることはできない。
そして本件事故は甲車が乙車を回避しようとして乙車に接触し、更に被控訴人の乗車する自転車に衝突したのであるから、乙車の運行と甲車による事故の発生とが相当因果関係にあると認められる限り、控訴人国雄は民法第七一五条により、控訴人国忠は自賠法第三条により被控訴人の蒙つた損害につき賠償の責に任ずべきものと云うことができる。
三 仍て本件事故と乙車の運行との因果関係について判断する。
(一) 〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は南北に走る国道一七〇号線の白鳥交差点から南に一五〇米の地点で、該国道は幅員約八米、アスフアルト全面舗装道路であり、現場の南約五〇〇米にある安閑天皇陵前から白鳥交差点に至る間は南から北に約二・五度の下り勾配をなし、現場のすぐ南側にある横断歩道から前記安閑天皇陵前迄は東側に約三〇度のカーブとなつていて南方からの見透しは稍不良であること、本件事故現場はすぐ南側で右国道と約三〇度の角度を以て、北東古市駅前通りから西南羽曳野市西浦部落に延びる幅員三・四乃至三・六米アスフアルト舗装道路がややくい違つて交差する変形交差点があり、右交差点から北東に延びる道路の間口は二二・五米、西南に延びる道路の間口は二〇・四米であり、この変形交差点の中、即ち西南に延びる道路の間口の北寄りに幅四米の横断歩道が標示されその旨の標識が設置されていて交差点の見透しは良くないこと、右横断歩道手前三〇米は南北共に道路表示により追越禁止となつていて、現場道路は最高時速四〇粁に規制されていること、訴外前堀は乙車を運転し前記国道の左端より約一・三米の距離をおいて北進し、前記交差点より右古市駅前通りに至る道路に右折するべく、時速三〇粁で右横断歩道附近に至りバツクミラーにより後方を確認したところ、約五・五米位右後方に白塗ライトバンを認めたのみで南進する対向車もなかつたため、そのまま方向指示器で右折の合図をすることなく横断歩道を越え約一〇米進行した地点で右折をはかり中央線を越え約一米進出したところで後方から進行して来た舟橋孝郎運転の甲車左前部が自車の右ハンドル附近に接触し、乙車は左側に転倒したこと、舟橋孝郎は甲車を運転し右国道を北進し本件交差点の南方で中央線を越え先行する自動車を追越したところ、横断歩道にさしかかつており追越禁止区間であることを知り急遽ハンドルを切り交差点内で北行車線に入ろうとした際、左前方を進行する乙車が右折を開始したのでハンドルを右に切り急制動をかけ乙車との衝突を回避しようとしたこと、しかし乙車との衝突を回避しきれず乙車の右ハンドル附近に自車左前部を接触させ乙車を転倒させ、高速度で進行中急激にハンドルを切り急制動をしたため運転の自由を失い、甲車は右交差点東北角附近に設置された道路標識に激突し南行車線東縁に沿つてこの間約一八米暴走し、折柄国道東端にそつて乳母車を押し南に歩行中の女性を乳母車諸共に、更にその後方一米余の地点を走行中の被控訴人の搭乗する自転車をいずれも跳ねとばした後、進路を左にとりながら約二〇米走行し、北行車線内に入り前後二ケ所にわたつて合計四五米に及ぶスリツプ痕を残して北行車線を閉塞するような恰好で漸く停止したこと(以上の状況は別紙図面〔略〕に示す通りである。)、甲車の速度は〔証拠略〕によれば五五粁乃至六〇粁であつた旨の供述記載があるが、右のスリツプ痕や暴走の状況から考えると時速六〇粁は優に超えていたこと、以上のことが認められる。
(二) ところで本件交差点は右の如く変形交差点であるが、道路交通法第二条第五号に定める交差点に該ることは疑がなく、道路交通法上交差点を右折する原動機付自転車は予め前から出来るだけ道路の中央に寄り旦交差点の中心の直近の内側を徐行して右折をはかるべく通行方法が定められていて、本件のような変形交差点においても右の右折の場合の通行方法には変りがないと解せられるところ、前記通行方法に従えば、乙車は少くとも横断歩道附近から道路の中央に寄るべきであり、横断歩道を過ぎ約一〇米進行した地点で右折をはじめた乙車は方向指示器による合図をしなかつたことと共に、道路交通法違反にあたることは否定できない。従つて乙車の右のような道路交通法規に違反する運行が、乙車との衝突を回避しようとした甲車のさきに認定したような暴走に条件を与えたことは争うことはない。
(三) しかしながら前認定の通り、乙車と交差点のほぼ中央で接触した甲車はそのあと進路を右に転じ約二〇米を南行車線の東縁にそつて北にスリツプしながら進行し被控訴人の乗車する自転車を跳ねとばしているのであつて、若し制限速度の範囲内で走行する自動車であれば乙車の右折しようとするのを認め衝突の危険を回避しようとしてハンドルを切り急制動の措置をとつたとしても、二〇米も離れ而も対向車線の左端近くを南進する自転車に衝突するようなことは起り得ないものと考えられる。このような甲車と自転車との衝突は甲車が制限速度四〇粁を遙に超えた高速度で追越禁止区域であり而も見透しも良好とは云えない本件交差点にかけて追越をはかつた無謀運転に起因することは明らかであつて、通常人の注意を以てするときは甲車と自転車が右のような状況で衝突することは予見することができないものと認めるのが相当であり、乙車の前記交通法規に違反する運行と之を避けようとした甲車と自転車との衝突の間には相当因果関係はないものと認むべきである。
四 以上の理由で控訴人等は自賠法第三条或は民法第七一五条により甲車と被控訴人の乗車する自転車の衝突により被控訴人が蒙つた損害について賠償の責に任ずべき限りではないから、被控訴人の本訴請求はその余の点について判断する迄もなく、失当として棄却すべきである。従つて之と一部異る原判決は失当であるから原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の請求をを棄却することとし、被控訴人の請求が認められない以上被控訴人の附帯控訴も亦失当であるから之を棄却することとし、訴訟費用及び附帯控訴費用の各負担については民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 松浦豊久 村上博己 大西勝也)
別紙図面〔略〕